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フェアウッド・メールマガジン第43号 2011年1月11日発行

タスマニア原生林の最新事情
伐採停止に向けたモラトリアムの動きと
パルプ材チップに代わる新たな脅威
~タ・アン・タスマニア単板工場~

熱帯林行動ネットワーク(JATAN) 事務局 原田 公

6ヶ月の円卓会議の末に生まれたモラトリアム合意書

「歴史的な取引」、「和平協定」という見出しで10月19日付の豪州各紙が報じている。過去四半世紀にわたって地元タスマニアばかりか国の世論を二分してきた原生林伐採をめぐる攻防の和解に向けた協定の調印である。タスマニアの天然林伐採をめぐる問題では林業界と森林保護団体の間で深刻な対立が続いてきており、樹齢400年級の原生林が延べ数万ヘクタールにわたって伐採され、数百名の活動家・市民が留置場に送り込まれてきた。

ウェルド渓谷皆伐(2010年9月)
その壮絶な「戦い」も、この日、10の森林保護団体、業界団体、労働者団体が6ヶ月近くにも及ぶ時間を費やして協議した末に調印した「合意に向けてのタスマニア森林原則書(Tasmanian Forests Statement of Principles to Lead to an Agreement)」をもっていよいよ収束を見るというわけだ。森林保護団体には、原生自然保護協会(The Wilderness Society)、オーストラリア自然保護基金(Australian Conservation Foundation)など三つの団体が名前を連ねている。「原則書」では、州有林の、NGOが主張する保護価値の高い森林(HCVF)のすべてを伐採停止し、天然林材採取から植林主体の新しい林業構造への段階的移行が謳われている。

まさに歴史的とも言ってもよい円卓会議の成立の陰に、今春に行われた州議会選挙で政権入りした「緑の党」の存在を指摘する声もあるが、もっと大きな背景要因として州林業の最大顧客である日本の製紙業界によるパルプ材需要の急激な落ち込みがある。PEFC傘下のAFS認証(オーストラリア林業規準)を受けているタスマニアの天然材チップはすでに、環境配慮の紙製品を重視する市場に対して魅力を失いつつある。2月には木材チップ産業で独占的なシュアを築いてきたガンズ社が天然林依存からの脱却、FSC認証取得の意向を宣言。その後同社は、野生動物を駆除する猛毒剤″1080″の自社植林地での散布禁止を約束したり、さらに2万8千ヘクタールの天然林地を売却するなど、歴戦の活動家でさえこれまで予想だにしなかった状況が出来していた。

しかしこうした変化によって州の林業関係の雇用は現在、非常に厳しい情勢に立たされている。ガンズ社は 「原則書」発表の翌日、州北東部のスコッツデイルにある針葉樹加工施設の閉鎖を発表。これにより120の雇用が失われる。また11月には、木材チップ工場の売却を表明するなど(トライアバナの工場譲渡を林業公社に打診との報道がある)、林業雇用にとっては当分、苦しい状況が続きそうだ。労働界や業界は、NGOにこれまでにない歩み寄りの姿勢を見せているがそれは、オーストラリア連邦政府による巨額の補助金支援を得るための環境を醸成したいからだ。州政府は「原則書」を携えて連邦政府を相手にすでにロビー活動に入っている。天然林材採取を主体としてきた州林産業の構造転換と生き残りをかけての政府間交渉はこれからが山場だ。

タ・アン・タスマニア単板工場

「原則書」については発表直後からさまざまな関係者から異論や反論が噴出している。ガンズ社のパルプ工場建設はNGOにとって最大の懸念事項であったが、「原則書」には総工費22億ドルのパルプ工場建設について言及されていない。かりに投入される原料がすべて植林であっても、稼動に伴う廃液流出や大気汚染など周辺環境に及ぼす汚染への懸念が払拭されるわけではないので、「原則書」がパルプ工場への「社会的操業許可」を与えるための免罪符となるのではないかと見る識者もいる。また、州政府の林業セクターである林業公社でさえ「矛盾」の産物と指摘するのは、製材業者に対しては現行の契約を尊重し、天然林材の供給を許容している点だ。

タ・アン・タスマニア単板工場
(2010年9月)
タスマニア林業協会(FIAT) 会長のテリー・エドワーズは今回の「和平協定」は天然林伐採の終結をなんら意味するものではないと豪語する。「植林木による高品質の広葉樹が天然林材と置き換わる、今後30年の移行プロセスが終わるまでは、現行契約の下で天然林による木材チップ加工は存続されるべきだ」。実際に、林産業における雇用不安が高まる中、11月19日にバートレット州知事は、州南部の約75名の雇用を抱えるタ・アン・タスマニア単板加工工場を訪問。1997年に締結されたユーカリ天然材の20年供給契約が残り17年間有効であることをあらためて確約した。

林業公社とマレーシアの木材企業、タ・アン・ホールディングス(TAH)による合弁事業のタ・アン・タスマニアは、南部のヒューオン地区と北部スミストン地区でそれぞれ、2007年と2008年に稼動を開始した。二工場は林業公社から年間15万m3の原木を立方メートルあたり65ドル(約5,300円)で20年間供給を受ける契約を交わしている。単板はサラワク州シブにあるTAHの本社工場に運ばれ、PEFCのロゴマークの入った合板基材が生産されている。2009年のTAH年次報告書によれば、2009年は12万m3を超えるタスマニア産ユーカリ材合板が生産され、うち97%は日本に輸出されている。マレーシアからの日本向けの南洋材合板輸出は近年、不況による需要の落ち込みもあって下落傾向がとまらない。ただし、TAHのPEFC合板基材に限っては、2009年の売上は前年より33%も伸びたという。日本ではこの合板基材を利用しておもにフローリング材がつくられている。森林認証を受けている材のためだろうか、「環境に配慮したタスマニア産ユーカリ材」(永大産業「エコメッセージ」)などと喧伝されて販売されている。積水ハウスをはじめ有力なハウスメーカーによって使われている。

環境保護派が、原生林がいまだ繁茂するスティックス渓谷、州北東部の温帯性雨林地帯、ターカインの国立公園化に向けた決起集会を開催するなど、「原則書」発表以来、保護運動がかつてない盛り上がりを見せている。しかしこうした機運に冷や水を浴びせるようなレポートが発表された。ヒューオン渓谷環境センター(HVEC)やStill Wild Still Threatened(SWST)が共同で現地調査をもとに作成・発表した、「伐採は終わっていない・・・(They Are Still Falling …)」というレポートである。

Still Wild Still Threatened(2010年9月)
実際、南部の原生林帯での皆伐はここに来てむしろ激しさを増している。ウェルド渓谷南側では新規の伐採道路敷設が進んでいるし、スティックス渓谷で州内でも有数の高木ユーカリが伐採されたのは11月23日。タ・アン・タスマニアに供給されているユーカリの木は、これまで林業公社は「再生材(re-growth)」と呼んで、同じ天然林でも「原生林(old-growth)」から峻別してきたが、HVECやSWSTなど地元のNGOは保護価値の高い原生林であるといい続けてきた。

先のレポートには、スティック渓谷、ウェルド渓谷周辺で皆伐されている木材がガンズのトライアバナ工場とタ・アンの単板加工工場に運ばれていることを示す林業公社の内部文書が掲載されている。伐採されている森林は、1997年に州政府と連邦政府との間で締結された地域森林協定(RFA)で定義される、いわばお墨付きのオールドグロス林である。実際に、林業公社の3ヵ年伐採計画(Three Year Wood Production Plan 2010/11 to 2012/13)に挙がっている森林の中には、タスマニア原生世界遺産地域(TWWHA)と境界を接する、RFAオールドグロス林が含まれている。そのひとつ、LU003Aというコード番号が付けられた急斜面の森林区がケーブルを使って皆伐されたのは今年の9月である。SWSTとHVECはレポートの中で「この区の伐採と焼却はTWWHAの価値にとって脅威となる」と警告している。

※本記事は、熱帯林行動ネットワーク(JATAN)ニュースレター85号(2010年12月24日発行) の記事を再掲したものです。


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