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1.タスマニア絶滅危惧種保護を巡るワイランタ裁判での逆転敗訴の意味

JATAN会員・RAN日本代表部 川上 豊幸

 JATAN Newsの70号で、ワイランタ裁判の内容をお伝えした。今回は、その続報。タスマニアのワイランタ(Wielangta)の州有林での伐採を違法とした連邦裁判所の2006年12月19日の第一審判決(注1)を不服としたタスマニア林業公社は、上訴を行い、2007年11月30日、連邦裁判所の3名の裁判官により第二審(注2)の判決が出た。


 結果は一審での決定を覆す逆転敗訴で、タスマニア林業公社のワイランタでの林業業務は地域森林協定(RFA)に合致していると判断、従って環境保護と生物多様性保全法(1999)(EPBC:ENVIRONMENT PROTECTION AND BIODIVERSITY CONSERVATION ACT)からの適用除外となり、伐採禁止措置は撤回となった。原告のボブ・ブラウン上院議員は最高裁に上訴を試みたが、2008年5月23日、この訴えは2対1で棄却、ワイランタでの伐採が可能となってしまった。

この判決の意味することとは?
 こうした判断は、タスマニア林業公社の事業が絶滅危惧種に重大な影響を与えていないことを意味するものではない。むしろ、この判決が意味するのは、たとえ絶滅危惧種に重大な影響を与えていたとしても、豪州の法体系においては、現行の林業はRFAの規定に沿ったものと解釈され、EPBC法違反には問われないとの判断が下されたということである。絶滅危惧種への重大な影響を与え保護が十分になされていない場合も合法である、と判断してしまったということになる。

 実際、第二審では、当該地域に生息する絶滅危惧種のオナガイヌワシ、オトメインコ、広歯クワガタが保護されているのかどうかについての検討は行われず、論点ともならなかった。

第一審と第二審の大きな違い
  なぜ、こうしたことになるのか。まず、第一審と第二審の違いから見ていこう。重要な争点は、ワイランタでの伐採がRFAに基づくものかどうかという点で、RFA68条の解釈の違いである。

 第一審では、RFAの68条で規定している絶滅危惧種の保護が実施できておらず、RFA違反だと決定した。

  ところが第二審では、68条は、そもそも絶滅危惧種の保護を約束するものではないので、RFA違反とはならない、との判断を下した。第二審の判決文で「問題は68条が州政府に対して、絶滅危惧種を保護することを要請しているのかどうかという点であり、我々としては、そうではないと考える。68条はCAR(保護区システム)が、きちんと絶滅危惧種を保護しているかどうかという問題に踏み込んではおらず、むしろ、それは保護を実施するためのCAR保護システムの設置と維持である」と述べている(Forestry Tasmania v Brown [2007] FCAFC186 [30November2007] 59項)。結果として、ワイランタでの伐採事業はRFA違反ではなく、合法なので、EPBCの適用除外と判断された。


悪影響を及ぼそうとも「合法」
 どうしてこのような違いが生まれるのか? RFAの68条本文を見てみよう。
オナガイヌワシ



 1997年タスマニアRFA68条では、「当州は、付属書2(パートA)にリストアップされた優先種を、CAR保護システムか、関連する管理措置を利用することによって、保護することに合意する。」(The State agrees to protect the Priority Species listed in Attachment 2 (Part A) through the CAR Reserve System or by applying relevant management prescriptions.)と書かれている。この付属書2にリストアップされた優先種が、絶滅危惧種のリストである。CARとは、保護区設定措置、管理措置とは実施段階での細かい規定などを意味する。

  ただ、これを素直に読めば、「CARか、管理措置によって、絶滅危惧種を保護することに合意する」と「絶滅危惧種を保護」の部分に重点が置くのが通常の読み方だと思われるが、二審の裁判では、法律策定時点での背景やら、他の条項の状況を勘案するなどして、タスマニア州政府が合意したのは「絶滅危惧種の保護」の方ではなく、「CAR保護システムによって」保護することに合意したというように、手法に重点を置いたものだという解釈を行った。つまり、これは上述のように「保護を実施するためのCAR保護システムの設置と維持」を規定しているだけだ、という解釈である。それらを設置し施策を維持すれば規定を満たしており、保護の内容まで規定したものではない、という意味だろう。そうなれば、保護の実態を検討するまでもなく、68条違反ではなくなり、EPBCの例外規定が適用されるというわけだ。

  二審の判決文の中で、その理由を説明するものはいくつか列記してある。一つは、68条を含むRFAの「第2部」の部分は、州政府の義務は法的拘束力のないものなので、CARが実際に絶滅危惧種を保護することを州政府として保証するという見解とは相容れない、という。また、RFAは「雇用と林業界の関心と、環境への懸念の妥協を反映しており、森林施業に一定の制限を課すことになるが、事業は継続するので、その範囲において絶滅危惧種を含めて結果として環境に被害が及ばないことを保証するものではない」と述べている。

  そして、実は、第一審判決の2ヵ月後の2007年2月23日には、一審の解釈に不満を持ったため、協定締結当初の本来の意味に近いものにするとして、タスマニア州政府と連邦政府がRFAの68条規定を以下のように変更している。「タスマニア州政府と連邦政府は、この協定に従って設置されたCAR保護システムや、タスマニア森林管理システムの下で策定された管理戦略や管理措置の実施は、希少種や絶滅危惧の動植物や森林群落を保護することに合意する。」「"The parties agree that the CAR Reserve System, established in accordance with this Agreement, and the application of management strategies and management prescriptions developed under Tasmania’s Forest Management Systems, protect rare and threatened fauna and flora species and Forest Communities."」

 第二審の裁判官らは、こうした変更に対し、「68条が修正されることで、当初RFAが意図していたと思われることを、より明確に示すことになった」との判断を示している。つまり、RFA68条はCAR保護システムや管理措置が、実際に絶滅危惧種の保護にどのように役立っているのかどうかを問題とするものではなく、それらの手法を策定し利用する、という程度の意味だということらしい。そうなれば、CARシステムや管理規定は存在しているのでワイランタでの伐採事業はRFAに沿ったものとなり、EPBC適用除外なので、たとえ絶滅危惧種に重大な影響を与えようとも合法となってしまう。

かくして、合法的に絶滅危惧種の生息地が伐採可能に
 しかしながら、そうだとすれば、RFAはEPBCの規定に重大な抜け穴を作っているということがわかる。EPBCの罰金の上限(550万豪ドル:5億5千万円)は非常に高額で厳しいが、森林事業についてはこうした罰金を課されることはなく、森林規則を違反した場合の罰金(10万豪ドル:1000万円)はEPBC違反の55分の1である。

  そもそもEPBCやRFAに規定された森林事業に対する適用除外規定の理由について、判決で、「この条項は、RFAに従う林業事業が連邦政府の規制措置から除外されることを可能にする。これは、それらの地域の環境的価値、遺産としての価値がRFAプロセスで関連規定の下で包括的に評価が行われており、RFAの持つ仕組み自体の中にこれら森林地域の生態学的に持続可能な開発についての今後20年間に亘る合意枠組みが組み込まれているからである」と説明している。しかし、科学者からは「タスマニア地域森林協定(RFA)は、科学的なプロセスではなかった。それはタスマニア州とオーストラリア連邦政府の官僚間での交渉により、取り決められた政治的な決定だった。木材生産のために妥協させられており、森林保全のための科学的な規準が十分には適用されなかった」と批判されている。

  つまり、第二審の解釈の下では、EPBCとは別に、RFAが独自に保護水準を決めることが可能になってしまうので、たとえEPBC法上の違反:絶滅危惧種に対して重大な影響を与える場合や与えそうな行為についても、特例として合法であると認められてしまう。第一審では、RFAの「CAR保護区指定」や「管理措置の実施」は、絶滅危惧種保護にとって不十分であることが認定されていた。RFAの規制では、林業が絶滅危惧種に重大な影響を及ぼすことを回避できず、十分な保護が与えられていない。とすれば、豪州の絶滅危惧種保護法としてのEPBCには、重大な欠陥があると言わざるをえない。生物多様性条約にも反する可能性もあるのではないかと危惧する。裁判官はそれが法律として決められた内容だと主張するのかもしれないが、RFAでの林業事業に対する適用除外規定は絶滅危惧種保護水準の実質的低下を招いており、林業界に対する優遇措置となっていると言えよう。結局、この逆転敗訴の意味することは、少なくとも、タスマニアにおいては、EPBCからの適用除外措置によって、絶滅危惧種に重大な影響を与えるようなRFAに基づく林業が合法的に可能になっているということなのである。

 そして、絶滅危惧種に重大な影響を与えつつ伐採された木材チップも、合法性を証明する豪州林業規準(AFS)とPEFCの認証材の紙原料として、日本に供給されている(この点に関する詳細は、レインフォレストアクションネットワーク(RAN) 下記日本代表部のホームページを参照ください)。

注1 オーストラリア連邦裁判所判決文:Brown v Forestry Tasmania (No 4) [2006] FCA 1729 (19 December 2006)
    http://www.austlii.edu.au/au/cases/cth/federal_ct/2006/1729.html
注2 オーストラリア連邦裁判所判決文:Forestry Tasmania v Brown [2007] FCAFC 186 (30 November 2007)     
    http://www.austlii.edu.au/cgi-bin/sinodisp/au/cases/cth/FCAFC/2007/186.html?query=forestry%20tasmania            

> レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN) 日本代表部 http://treesnotgunns.org/jp 
> レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN) 本部 http://www.ran.org/                       http://www.gef.or.jp/activity/publication/globalnet/index.html
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